吉田沙保里の父、栄勝さん急死

 レスリング女子55キロ級でオリンピック3連覇を遂げた吉田沙保里(ALSOK)の父、栄勝さん(61)が亡くなりました。

 栄勝さんは11日午前7時15分ごろ、津市小舟の伊勢自動車道上り線の路肩に止まった車内で倒れているのを別の車の運転手が発見。栄勝さんは病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。死因はくも膜下出血とのことです。
 車の前方には傷があり、追い越し車線脇の中央分離帯に接触後、300メートル先の走行車線左側のガードレールにぶつかり、路肩に停車した模様で、状況などから運転中に発症した栄勝さんが路肩に車を止めようとし、停車後に完全に意識を失ったと見られます。

 吉田栄勝さんは、青森県八戸市出身。高校時代にレスリングを始め、専修大学経済学部に入学後は男子フリースタイル57㎏級選手として活躍。1973年には全日本レスリング選手権で優勝、同年のアジア選手権で準優勝、世界選手権で4位の成績を上げています。
 大学卒業後は自宅にジュニア向けレスリング道場を開き、自身の3人の子息を含め、多くの子供たちを指導。2009年にレスリング女子日本代表コーチに就任、2010年アジア選手権では女子チーム監督を務め、2012年のロンドンオリンピックでは女子代表チームコーチを務めました。

 オリンピック3連覇を含む世界大会14連覇を達成した女子レスリング最強選手、吉田沙保里を育て上げた栄勝さん。関係者の話によると高血圧だったようです。ロンドンオリンピックで金メダルを獲得した吉田選手に肩車されて、マットを一周した姿が忘れられません。

オリンピック金メダルに報奨金2千万円

 スピードスケートの長島圭一郎、加藤条治らソチオリンピック代表選手4人が所属する日本電産サンキョーが8日、長野県下諏訪町の本社で記者会見を開き、オリンピックで金メダルを取った選手には報奨金2000万円、銀メダルなら1000万円、銅なら600万円を贈ると発表しました。また、金メダリストはファーストクラスで帰国できたり、社内で昇格したりと、成績による様々な特典を約束しています。

 日本電産サンキョー株式会社は日本電産株式会社の子会社で電子部品、システム機器を製造しています。かつては、オルゴールのムーブメント製造が看板事業で、一時は世界のオルゴールムーブメントシェア80%を誇っていましたが、2003年に業績不振から日本電産株式会社傘下入りを発表し、2012年に同社の完全子会社となっています。
 スケート部は、オリンピック選手を多数輩出するなど、国内でも名門の実業団チームで、三協精機製作所時代には清水宏保も在籍していました。

 日本もどんどんこう言う制度にしていかないと、とても世界では戦えません。勿論国の助成も必要です。メダル獲得の上位国はみな国家が金をつぎ込み、その金額でメダル数が左右されるのは最早常識なのですから。

鉄人、引退決意

 プロ野球・阪神タイガースの金本知憲選手(44)が引退を決断したことが分かりました。

 金本知憲選手は、1991年秋のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから4位指名をうけ、東北福祉大学から入団。入団当初は非力で、打撃でも守備でも良い所が見当たらない選手でしたが、筋力トレーニングを本格的に取り入れて地道な身体作りを行い、1994年から1軍に定着。1995年以降はレギュラーとしてクリーンアップを任されるようになり、1999年4月24日には史上49人目となるサイクル安打を達成。初の全試合出場を果たし、この年の7月21日の阪神18回戦より、2010年途中まで続く連続フルイニング出場が始まっています。また2000年には、日本プロ野球史上7人目となるトリプルスリーを達成しました。

 2002年シーズンオフにフリーエージェントを行使、阪神タイガースに移籍。2004年にはデッドボールで左手首を骨折しながら、翌日以降も試合に出場、同年8月1日には連続試合フルイニング出場の日本新記録を樹立。最終的に打率、本塁打、打点の3部門で自己最高記録を達成し、初タイトルとなる打点王を獲得。

 21年間で打率2割8分5厘、本塁打476本、1521打点。そして、共に世界新記録となる連続試合フルイニング出場1492試合、連続イニング出場13686イニングを記録、鉄人の名にふさわしい選手でした。